入り江のショ-などで使用している手漕ぎボート「くじら号」の補修をかねた
リペイントが終了。遠くから見れば新品のよう(笑)。
今年の夏頃は、ちびっ子たちにも乗るチャンスをつくろうかと考えています。 乞うご期待!
ちなみに、なんで「イルカ号」にしなかったのかって言うと、 下田って以外に鯨に縁のある
町だから。 下田は開国の地。黒船がやって来た場所だってことは教科書なんかでも 習い
ますよね。で、なぜ下田だったのかって知っていますか? 下田港はその形状から良い港
とされ、黒船を受け入れることが可能で、 江戸からの距離もちょうど良かったということが
その理由だと小学校の頃、 授業で習った記憶がありますが・・・。 本当の理由を知ったの
は飼育スタッフになってからでした。 その理由はズバリ捕鯨だったんです。なぜ教科書で
そのことにふれなかった のかな~?当時、最大の捕鯨国はアメリカでした。自国近海で
鯨が捕れなくなってくると、遠くまで捕鯨に出かける必要が 出てきたわけです。日本の近
海には多くの鯨が生息しています。 しかも下田沖にはマッコウクジラなどがいます。 その
鯨を捕るためと、水や食料を補給する必要がでたので、幕府に開国を せまったそうで
す。鯨によって鎖国は解かれたってことになるのでしょうかね。
やっぱり日本と鯨って縁深いな~なんて思いませんか?(H,A34)